2011年4月20日水曜日

20. April 2011 トビーはなぜ亡くなった

私の隣人。
名前をトビーと言った。
成長障害があるのか、ごくごく軽度の知能障害があるのか、小さな男性だった。

私はあまり彼を理解することができなかった。
親しい隣人というよりは、なにかと彼がらみの問題が多いのでちょっと厄介と思っていた。
会うたびに彼は、「なにをくれるの?」と挨拶をした。
庭になっているレモンを売りたいからくれ、とうちに言いに来た。
彼とその家族は払うあてもない電気と水道を大量に使い、私はその膨大な高熱費を払うことを半年間余議なくされた。市役所の協力で高熱費を払わない母屋の電気の供給を切ってもらったが、それから数日間トビーは深夜にうちの門をたたいては、「白人の家には電気が来てるのにうちには来ない。良くない。」と言い続けた。
電気代を払わないからだと説明しても、彼は理解することがなかった。
悪意がないのはわかっていたので、たぶん理解力の問題で話があまり通じない人と思っていた。
物をくれというのも、ベナン社会では軽い冗談として普通で、まったく珍しくない。
でも、トビーとはうまくコミュニケーションがとれないので、何か、たかられているような気分がした。
だから正直、私はトビーを疎んじていたと思う。

今日、午前の仕事を終えてうちに帰ると、警備員のルシアンがトビーが亡くなったことを私に告げた。
驚いて、音楽をとめ、料理の準備の手をとめ、庭へでて話をきいた。
母屋には、もう半年以上トビー1人が住んでいて、最近でも姿を見かけた。
信じられないほど、突然のことに思えた。
死因は糖尿病だそうだ。
トビーはその持病を11年間患っていたらしい。
彼のお姉さんが旧市長の親戚と結婚しているので、市長が生きていた時には市長がその薬代を払っていたが、市長が亡くなってからは払える人がおらず、トビーは毎月寄付を町の人々に募っていた。
けれども、今月はついに寄付が集まらず薬を買うことができず、病状は悪化し、昨日病院に運ばれて亡くなったということだった。

トビーは一度うちにも、寄付をしてほしいと言いにきたことがある。
それは糖尿病のためのものではなく、寄生虫治療のためのものだった。
いつもたかられている印象のあった私は、その申し出すらなにやらあまり信頼できず、ほんの少しの寄付しかしなかった。
ちゃんと働かずに、病気になったら寄付を求めるなんておかしいんじゃないか。
そうルシアンに言うと「トビーは最近パンを売ってますよ。働いているよ。」と彼が言うので一応寄付はしたという程度だ。
わずかな金額だったのに、トビーがありがとうと言っていたとルシアンから後で聞いて、これでよかったのかな、もうちょっとあげたらよかったかな、という後味の悪さを覚えた。

だから、トビーが亡くなったと聞いた時、どこかに後悔の気持ちがあった。
彼はうちに糖尿病の薬の寄付を求めてはこなかったし、私は事情を知らなかった。
でも、寄生虫の薬代にしても、もう少し寛大になればよかった。
せめて良心の呵責がないくらい十分と思う金額をあげればよかった。
貨幣価値の違いがあるんだから、こっちの人にとって結構な金額でも日本人の私にとっては大した金額ではなかったはずだ。
心から申し訳なく思う。
でも、人が亡くなるというのは、その人に対しての「これから」とか「次」がないということだ。

糖尿病の薬代は、月2.500francsCFAだとルシアンは言ったと思う。日本円にして500円だ。
500円の薬が毎月買えない。
それで、トビーは亡くなった。私にとってはそういうことに思えた。
「遅すぎる。もし知っていたら、何かもう少し助けになれたのに。そんな重病を抱えてるとは思わなかった。本当に申し訳ない。」
私がそう言うと、ルシアンは「あなたの問題ではないですよ。」と説明を始めた。
「彼にとっての死ぬ時が来た、というだけのことです。お金で死ぬ時は変えられませんよ。神様がトビーを呼んだんです。」
たとえ薬代をみつくろって一カ月二カ月遅らせられたとしても、必ずその時は来るんです、と彼は言う。
それは既に決まっていることのように。
ルシアンの言葉に、ベナンの人たちの「受け入れの姿勢」を見る。
日頃から感じていること。ここの人たちは嘆きすぎない。
物がないこと、お金がないこと、理不尽なことに対する受容。
そうしなければいけない環境でずっと生きてきたからなのか?

もちろん、トビーが亡くなったのは自分のせいだとまでは思っていない。
けれども、やっぱりやりきれない思いがある。
自分が隣人として、つまらない猜疑心から彼の助けにあまりなろうとしなかったことも。
日本でなら助かるんじゃないかと思う原因で、人が亡くなっていく現実も。

私がマラリア治療で長く家を空けて帰った時に、おかえりなさいと言ってくれたトビーを思い出す。
彼の姿はもうどこにもない。