2011年8月31日水曜日

21-27 August 2011 モロッコ旅行(前半)

任国外旅行でモロッコにやってきました。
6月から計画していた19日間の旅行で、ベナンの国外に出るのは半年ぶり!
何がともあれ、私はベナンではなかなか見つけられない素敵なカフェで美味しいコーヒーが飲めればそれだけで満足かも~!!!

そんな感じで来てみたモロッコ。
飛行機でベナンから4時間。
最初は北の大都市を周りました!


なにもかもベナンと違う~~!
都市部はとにかく発展してて、道は全部舗装されてて穴はないし、車もみんなきれいでガラスは割れてないし、小売店にはものがあふれていて、食品も豊富にそろっているし!
同じアフリカ大陸だからといって、そもそも比べること自体がナンセンス。
文化も全然違って、イスラム文化といった感じ。
今はラマダン中なので、昼間はみんな断食中。ほとんどのレストランやカフェが閉まっている・・。
とにかくモロッコでアフリカを感じることは、私としてはほとんどない。

最初は首都のラバトで買い物をして、モロッコ服なんかも買ってみてウキウキ。
次に行ったのはメクネスという古い都市。
街自体がUNESCOの世界文化遺産に登録されている。


旧市街を偶然出会った地元の人の案内で歩いてみた。
現地の人の生活が垣間見れて、すごく面白い。



そのあとフェズという大都市でハマムとマッサージ。
サウナに入ったり垢すりをしてもらったりしてツルツルになって、マッサージでリラックス。
モロッコ料理のタジンやクスクスをほぼ毎日食べた。




その後、シャウエンという町に行った。
ここはモロッコの中でもだいぶ北の町で、建物の壁が白と青で統一されてすごく綺麗でかわいらしい。


旧市街の階段をのぼってお土産をみつつ、町の景色を堪能!
小さな町だけど、観光地すぎなくて今まで行ったモロッコの北の都市の中で一番お気に入り。



ラマダンのおかげでお昼にご飯にありつくのがちょっと大変だけど、久々に都会的な雰囲気を味わって幸せ!!

2011年8月9日火曜日

25 July 2011 HOCAほかプロジェクト進捗&新隊員さん@グラズエ

うちの町に新隊員さんが遊びに来てくれました。

というより、新隊員さんにとって恒例の2泊3日の研修旅行でどこへ行こうかと思っていた彼らは、
じゃあ同じ学校保健分野で活動している隊員のいる場所へ、ということで私の活動を見学がてらうちの町を選んでくれたそうです。

だから、今は夏休み中だけどできるだけ学校保健分野の隊員の仕事がどんなもので、
どんな現場で働くのかを見てもらえればと思って一日お仕事見学を企画してみました。

新隊員さんはお昼に町に着いたので、まずは配属先へ一緒に行って「こんなところで働くんだよー」と。
ここではこういう役職の人が働いていて、どんな仕事をしてて自分とはどういう関わりを仕事でしているか、とか。
そういうことを説明しながら、視学官事務所をぐるりと見せてみた。
ベナン人職員たちには前もって、「そういうことなのでヨロシク」と言っておいたので、みんな張り切って説明をしてくれ、とても温かく新隊員さんたちを歓迎してくれた。
彼らが私の顔をたててくれて、和やかな雰囲気を作ってくれているのを見ると、ここが自分のホームという感じがして、今までやってきた1年4カ月のここでの時間やその中で築いてきた彼らとの関係が改めてかけがえなく感じられて、私はとても幸せな気持ちだった。

お昼は、うちの町自慢のイニャムピレというヤム芋を練ってスープにつけて食べる現地食のお店にご案内。
1番おいしいお店はヤム芋が入ってきていないということだったので2番目に好きな店へ。
ここでも現地の人にとっては高級な店で、主任クラスの人しか来ないところだけど、確かに1番めの店よりは少し落ちるせいか、新隊員さんは、「体に良さそうなソースですね」とか言って、練ったヤム芋の写真を撮ったりしていた。
楽しんでくれたとは思うけど、日本から来て1カ月のコトヌー暮らしの彼らから「おいしい」という言葉は聞けなかった;
確かに慣れない人にとって、ベナンの現地食は素朴で食感も味も変わっているだろうなと思うし、それは当然なのかもしれない。私にとっては今日のイニャムピレも十分超おいしかったけど!
そのあと、うちの家に連れて行き、たぶんベナン隊員の中で一番小さい家だよ~と説明。
壁の色を塗ったんだとか、家具はオーダーして作ったんだとか少し話して学校へ。

今は夏休み中だけど、トイレ建設をすすめているエベシ小学校の校長に「友達を連れていくので学校にいてほしい」と前日にお願いをしておいたので、校長はわざわざ用事のない学校へ赴いてくれた。
おかげで新隊員さんに小学校を見せることができたので校長には感謝。
トイレ建設の進捗をチェックすることもこの機会にできるので、自分の仕事的にもちょうどいい。
午前中に会った保健センターの主任も、忙しくなかったらトイレ建設の経過も見たいし行くよと言っていたので電話すると、彼も本当に学校に来てくれ、結局、校長、主任に新隊員さんが質問して色々聞ける機会ができた。


学校・視学官事務所・保健センターの連携プレイは学校保健の活動を行うにあたってとても効果的だと思うので、
彼らにもぜひ今後それぞれの配属先でその可能性を探ってもらえればと願っている。

エベシ小学校のトイレ建設は、住民がまだ砂利をもってこないんだと主任が怒っていたけど、
校長はそこは問題ないと楽観的だったので明日にでも解決されそうだ。
トイレの扉もできあがったそうだし、心配していた住民からのかなり高額の寄付に関しても問題はないと校長に確認がとれた。
思ったより、スムーズに進んでいるように思う。
ちゃんともう穴も掘られていて、建設のためのブロックも置いてある。



雨季なので穴の中には雨水が溜まってしまっているが・・
順調な進捗を見られてほっとした。

今日は、私にとっては本当に楽しい一日だった。
地元の人たちの協力的な姿勢から、自分を支えて応援してくれたり仲間と思って受け入れてくれている彼らの気持ちがひしひしと感じられて、とても心が温まった。
この町やここの人たちのことをかけがえなく思う。
新隊員さんが私の活動先やカウンターパートたちから何を感じたかはわからないけど、
とても有意義な話を聞けたと言ってくれたし、何か得るものがある日となっていたらいいなあと思う。

ベナンに来てから気がつけばもう1年4カ月。
知らず知らず、自分の配属先や町が自分のホームになっている。
それは、これからも大事にしていきたい。
そして、自分はもう隊員の中でもかなり先輩の部類に入るんだなぁと実感。
この町やこの国に活動を通して何かを残すと同時に、今までやってきたことをちょっとでも先輩隊員として後輩隊員さんの役にたつ形にしていきたいと思う。
そのためにも今後は、委員会の組織方法とかうまくいった活動例をできるだけマニュアル化していきたいと思う。

2011年7月24日日曜日

24 July 2011 庭のバナナ

庭にバナナがなりました。

このバナナの木は、ちょうど一年くらい前にうちの警備員がどっかから小さな株を引っこ抜いてきて植えてくれたもの。

株は一年も経たないうちにグングン急成長し、横からニョキニョキ兄弟株を増やしていった。



このうちの一つのバナナの木が、ちょうど2か月前くらいに花らしきものをつけた。
赤くてぶら下がってるのが、たぶんお花かと・・。



そして、その隣に青いバナナの房らしきものが出現。




こんな風にバナナってできるんだなー。初めて見た。おもしろい~。

来週にはこのバナナ、食べられるようになるかな?と思ってると、
警備員は、あと一カ月くらいかなーと言う。
青いバナナらしきものができてから、食べられるようになるまで一カ月!
なんて長い!!
またまた驚いた。

そして、実際は2カ月くらい経ってから収穫。

庭で収穫したものや自然にできた果物をとって食べるとき、なぜだかすごい幸せを感じる。
自給自足?っていうか、自然の恵みをごちそうさま的な?喜び。
でも、ひとつの木からとれるバナナの数は、すごい量で警備員たちと山分けするも何十本のバナナが手元に。
バナナは一気に熟れてきて、今、どうやったらこの大量のバナナを食べきれるのか。
本気でちょっと悩ましい。
熟れすぎる前に職場に持って行って、おすそ分けすればよかった~><。。

ここ2・3日、隙間作業のようにバナナを食べている。バナナ太りしたりしないかな?!

2011年7月9日土曜日

30 June 2011 HOCAほかプロジェクト進捗-住民会合編ー

今日は、エベシ小学校でトイレ建築のための話し合いを村民たちと行う。
学校に向かう前に保健センターで衛生管理主任と合流すると、彼からこんな言葉が。

「一昨日、建設依頼をしに早速大工に会いに行ったよ。携帯が壊れてるから畑まで探しに行って。そしたらそこでちょっと問題が。実は費用が足りないんだ。」

キター!!

やっぱり!

途上国でこういうプロジェクトを行う時に、前もって見積もりを出しているにも関わらず、お金が足りないという事態に後から陥ったという体験談は色んな人から聞いていた。

多少ショックだけど予想の範囲内だし、足りなくても埋め合わせる方法を見つけて結果的に対処できれば問題ないので、まぁそう悲観的な気持ちでもない。
主任も「これから校長と話し合って、なんとか対策を考えよう。」と言う。

学校で、この予算が足りない問題を校長に話すと、校長はちょっと青くなっていた。
それは、私と校長との取り決めの中にこんな条項があるから。
『校長は、トイレ建設を完成させる責任を負う。よって、年末までにトイレが完成し使用可能な状態に至らなかった場合には、校長はOB会より受け取った資金を全額返済する義務を負う』
これは、広島県OB会が現地の人に課している条件でもなんでもなくて、私が勝手に作った契約。
(ちなにみにOB会の規約では、完成しない場合の返済義務は隊員となっている。)
私の中では、誰が返済義務を負うかということが問題なのではなくて、校長がリスクを背負ってでも建設を望んでいるかという本気具合が見たかったのと、現地側の責任者をはっきりさせておけばプロジェクトがあいまいに頓挫することを防げるだろうと思ったからこの約束を設けた。

「年末までに完成できないと、私は資金を全額返済しないといけないんです。困ります~。」と真剣に主任の話を聞く校長。

主任も、とても真面目な熱い人なので、真摯に対応してくれている。
二人とも追加での資金援助が見込めないことははっきりわかっているようで、こちら側に追加請求はしてこない。
プロジェクトの趣旨をよく理解してくれているなと嬉しく思う。

さて、住民との話し合い。
村長やPTAのメンバーやその他、村の重鎮たちが参加。
トイレ建築を行うことになったという話をまず主任から。

村の人たちがとても真剣に話を聞いている。積極的な印象を受ける。

もともと予定していた村民の寄付(砂や砂利を見つけたり、水を買ったりする)には問題なく合意が得られた。

続いて、校長と主任が代わる代わるに村民に訴えかける。
JICAは協力隊員を通した資金援助は本来決して行わないこと、そしてOB会と何度も連絡をとった上でこの資金援助が決まったこと。
グラズエ市のすべての学校がこうした援助を受けられるわけではないので、自分たちはとても恵まれているということ。
だから、このチャンスを活かして建設を必ず成功させなければいけない、今やっている今やっていると言って延ばし延ばしにするのはナシだということ。
そんな話が彼らから繰り返され、住民側からは折々に喜びと感謝の拍手が起こった。

その後、大工を交えて建設現場の視察。
もともと掘ってあった場所は主任に「遠い!」と一蹴され使われないことに。


最終的に、住民側からお金を出し合って足りない資金分を埋めるということで、参加者の合意が得られた。
足りない額は、1万円。ここの人たちにとって約2ヶ月分の収入に相当する額。
決して、楽ではないと思う。
でも、とりあえずこの合意によってスタートラインに立った。

主任は、7月中にも建設を完成させたい意向。
進捗を丁寧に見守っていきたい。

2011年6月29日水曜日

28 June 2011 小学校トイレ建設ー広島県OB会の支援を受けてー

エベシ小学校にトイレを建設しよう!
何ヶ月かかけてアプローチをかけてきたこの企画が遂に実行に乗り出した。

広島県青年海外協力隊OB会(HOCA)の「HOCAほかプロジェクト」に資金援助を申請させてもらったのは、今年4月のこと。(ちなみに、私は本籍が広島です。)
日本の担当の方との数回のやりとりを経て、先月、支援が決定したという連絡をいただいた。
心待ちにしていたこの知らせが届いた時は、本当に嬉しかった。
広島県OB会の幹部の皆様には、当案件に賛同をいただき支援を決定してくださったことに心から感謝します。

トイレ建設は、エベシ小学校の長年の悲願と言っても過言ではない。
エベシ小学校の校長は、昨年10月に地域学校保健委員会の委員になって以来、児童、教師、住民の衛生教育や校内の衛生環境整備に積極的に取り組んできた。
けれども、この学校にはトイレ施設がない。
校長が3年前から地域の保健センターに建設要請を出しているけど、保健センター、学校ともに財源が確保できないために未だ実現に至っていない。

だから、子供たちは草原や繫みで用をたしていて、これが校内衛生環境上の問題となっている。
校庭で大量発生したハエは、食べ物や色んなところに留まってバイ菌を媒介する。
さらに、トイレがないと学校側も児童に対して正しい衛生習慣形成のための指導ができない。
こういう衛生面の問題のほかに、繫みに潜む危険も大きな問題。
用を足しに繫みに入った子供が木の枝や突起物で怪我をすることがあって、運悪く傷が膿んでしまったりすると医療サービスに問題を抱える地方では大事に至ってしまう。
そうなると、ただの擦り傷ではすまない。
繫みには毒ヘビも潜んでいる。
ベナンには猛毒を持つヘビが多くいて、種類によっては2~3時間以内に人を死に至らしめる。

(上)いつかプロジェクトが決まったらと、あてもなくとりあえず住民によって掘られたトイレ建築用の穴。

そんな状況を改善しようと申請したのが『青年海外協力隊広島県OB会HOCAほかプロジェクト』だった。
このプロジェクトは、派遣中の広島県出身青年海外協力隊員に対して、現地での活動を支援してくれる事業。
活動の中の隊員の「少しの支援があれば、こんなことができるのに」という思いや「現地の人々と一緒に感じながら、自分のメッセージを伝えたい」という願いをカタチにする、小さいけれど心温まる支援活動を目指すという趣旨。(HOCAほかプロジェクト募集要項より抜粋。)
資金援助の上限は、5万円。

5万円でトイレを建設するのは、貨幣価値の違いがあるにしても正直ギリギリだ。
だから、足りない部分(2万3千円分)はエベシ村民の寄付(砂とか石を集めてきたり、水を買ったり。)で補完することになった。
でも、こうして住民参加があったほうがトイレをずっと大切に使ってもらえて、逆に効果的かもしれない。
トイレの規模も、2つの個室という小さなものとなった。通常は4つということが多いけど。
それでも、この学校は全学年揃わない小さな学校だし、何よりトイレがないよりはずっと良い。

自分自身も実現をとても楽しみにしてきたこの企画。
だけど、申請に踏み切るときには実は一つの懸念があった。

学校保健分野で活動する青年海外協力隊員である自分が、建築物の資金援助を誘致するということ。
これは、いわゆる「箱物の援助」。
協力隊事業は、日本のODA事業の中の技術援助の一環で、無償資金協力とは違う。
つまり、私の役目は自分の知識や経験を活かして地元の人と一緒に働くことであって、お金を渡すことではない。
そのことを、現地の人が取り違えてしまったら?

学校保健隊員が来たら、トイレを建ててくれるぞ!
次はあれも頼もう、これも欲しい!
なんで、あの学校には建ててうちの学校には建ててくれないんだ!うちにも建ててくれ。
協力隊は建物を建ててくれるんだろう?現にエベシにはトイレを建てたじゃないか。

将来的に、JICAや協力隊員に対するそんな金銭的依存の気持ちを地元の人に与えてしまわないか・・?

さらに、JICA関係者からは、日本の団体から資金援助を受けることの責任の重さを指摘された。
日本の人々が、寄付という形で提供してくれたお金を預かるということの重み。
金額の大きさとか、そういうことじゃない。
途上国では、日本では想像もつかないようなトラブルが頻繁に起きる。
だからといって、約束した期限までに工事が完成しませんでした、すみませんでした、という訳にはいかない。
それでは、日本の人の納得は得られない。

付け加えるならば、一校のトイレ建築は学校保健の根本的な問題解決ではない。
そのことも、頭をよぎった。
トイレがない学校がグラズエ市内にこの一校のみなんてはずはない。
たった一つのトイレ建設で、問題が根本的に解決されるわけじゃない。

それでも、この企画自身に迷いはなかった。
色んな懸案は、結局はマイナー事項だと思った。
この援助を必要としている人がいるということに比べれば。
どうしてもトイレを建てたいと願っている人がいて、それを待っている多くの人々がいるということ。
広島県OB会の方々のおかげで、それを支援できる機会があるということ。
その事実ほど説得力のあるものはない。

必要な対策を前もって打てば、トラブルは回避できるはずだ。
エベシ小学校の校長の姿勢は今まで見てきた。
トイレ建設を担当してくれる衛生管理主任の性格もよく知っている。
この人たちは、一緒に企画を実現するのに信頼にたる人たちだ。
前もって協力隊の位置づけを説明して、この資金援助を前例にとって今後協力隊員にさらなる金銭援助を依頼することをしないという旨の公式的な書類のやりとりも行った。
現に「大使に頼んでくれ。」という言葉を、それ以来聞かない。
この人たちとなら、必ず企画を実現できる。

今日、3者会議の場で、OB会から口座に振り込んでいただいた資金が建築を担当してくれる主任に渡った。

あさっては、学校で住民を集めて話合いが行われる。

責任を持って、このトイレを完成させる。
完成報告を待ってくれている、広島県OB会の皆様のためにも!!

2011年6月24日金曜日

24 June 2011 やっぱ活動でしょ

今週は配属先の視学官事務所が、試験管理作業のために閉まってしまった。
校長も町から出払ってしまって、一週間ほど活動が実質とまった。

このちょっとしたブランクの期間に、任期終了後の準備として研究計画書を書いていた。
それは深い深い思考の奥に入らなければできないもので。
脳みそから煙が出そうな毎日だった。
楽しくもあるけど、テーマ決めや仮説立てという初期の段階は苦しみと不安の方が大きい。
時間的に、期限もあるし。
初期段階を超えた時には、スッと苦しみから「抜けた」という感じになるのだけど。
飛行機が厚い雲をくぐって青空の高層まで突き抜けた時みたいに。。
でも、それは簡単にはやってこない。

そんな風に家で一人、何日か頭から煙を出しているとなんだか社会性がなくなってしまった。
現在より将来を見ていて、変な感じ。。
私の心はお出かけ中、みたいな。

今日、3日ぶりに配属先に行ってみた。
やっぱり閉まっていた。
でも、保健センターの衛生管理主任の部屋が空いていたので挨拶に寄ってみた。
主任は笑顔で「4日ぶりだねぇ~!」(これは、こっちの言葉でちょっぴり久しぶりだねというような意味。)とすごく嬉しそうに迎えてくれた。
来週の会議の計画について話がまとまると、またご機嫌で「いつでも私たちは君を全力で支援するよ!!君の見方だよ!」と言ってメルシと繰り返す主任。
その後、今月日本に帰国してしまった看護師隊員の働いていた予防接種科にも挨拶に行った。
隊員に会いがてらよく訪れていたのでみんな知っている人ばかりで、やっぱりとても喜んでくれた。
来月から、学校は夏休み。その期間は、この予防接種科を活動先として組み込もうと思う。
啓発活動を一緒にやろうという話を持ちかけると2つ返事でOKで、上にも挨拶をして正式に許可をもらうことになった。

正直、すごく嬉しかった。
私の居場所は、この町にちゃんとあるんだなって改めて思ったから。
今まで築いてきた関係。
またここの人たちと仕事をできる楽しさを思い出した。
自分の活動を通して誰かが喜んでくれる。何かが改善される。
やってきたことの効果が現れる。それをまた、誰かと一緒に喜ぶ。

私にとって、ここでの生活で力や喜びをくれるのはいつも活動だ。
それはきっと草の根の仕事の楽しさ。
こんな風に仕事をできるのは協力隊だからだろうと思う。

開発協力には、上からのアプローチと下からのアプローチの両方が必要だとJICA理事長は言っている。
私はどちらかというと上からのアプローチに関わりたいと思いがち。
現地への影響力の強さや範囲を考えると、どうしてもそういう発想になってしまう。
だから上のポジションにいないことをはがゆく思ったりもする。

でも、こうして現地の人と一緒に、現場を見て改革案を打って、自分が実際にその実行に携わって効果の有無を直接見る。
そんな楽しみは、これからこの分野で働くとしても、きっと今しか得られないのだろう。
だったら、思いっきりそれを楽しんだらいいじゃないかって思う。
妥協を許さないくらい、やれる限りの仕事をここでしたいなって。
まだまだ、やれることがいっぱいあるから。

2011年6月16日木曜日

14 June 2011 進路

小学校が学期末試験期間に入って、少し仕事が落ち着いた。

試験期間中は学校を訪問してもみんな忙しくて活動にならないし、視学官事務所もその管理業務でてんてこまい。学校保健がらみの会議を開催する余裕も当然ない。

ちょうどいいから、5月は予定を詰め込んでいた分、ぶらりとコトヌーに行って、帰る隊次の人の報告会に出てみたり、協力隊後の進路を考えて、その準備に取り掛かったり。

最近、進路のことをリアルに考えだしたことで、あれこれ想像すると不安になることがある。
自分はどこまでやれるだろうって。

でも、ドミにある本にはこんなことが書いてあった。
「未来を心配するのではなく、過去を後悔するのでもなく、できることは現在に念を込めて生きることだけ。」

そうかもしれないな、と思った。
未来を楽しみにしすぎるのではなく、過去の思い出に浸るのでもなく、今を充実させる過ごし方をすること。
今できる努力をすること。
今やれることを精一杯楽しみながらやっていくこと。
それって、そういう意味でもある気がする。

協力隊としてアフリカにいる時間
=あと、9ヶ月。