2011年11月7日月曜日

04 November 2011  日本文化紹介in世界女性フェスティバル

パラクーという北の大都市で、世界女性フェスティバルという催しがフランス文化センター(CCF)で開催された。
3夜連続のフェスティバルで、1日目はフランス、2日目は日本、3日目はアフリカ地域、が各々文化紹介を行う。
このフェスティバルの趣旨は、女性の権利を見直したり社会進出を促すというもので、文化紹介をするのはすべて女性。そして、この催しものに足を運ぶためにベナンの女性が夜お出かけしたりすることに貢献することも狙いだそう。

主催者によると、ベナンでも北の地域では特に宗教の影響もあって女性はまだまだ家に閉じこもりがち。
社会的な通念がそれを少なくても容認している。
しかし、国や地域の発展は女性の参加なしではなし得ないと彼は語る。

そういうわけで、2日目の日本文化紹介のためにベナンの各地から女性隊員が集まり(一部男性隊員もお手伝い)、にぎやかな夜となった。

日本の服装を紹介するためのファッションショーで、浴衣や制服を着て披露。



浴衣を着たベナン人の司会者もなかなか似合っていた。
そして超ファインプレーな司会!



私は、恥ずかしながら日本舞踊を・・。
日舞は長くやっていたわけでもないし、もう何年も踊っていなかったので最近は毎日朝連><。
途中で止まったりせずに踊りきれたからほっとした。
技術的には見せるのも恥ずかしいような踊りだけど、ちょっとでも日本の文化を知ってもらえたり来ていた人を楽しませることに貢献できたなら嬉しい。
急遽、浴衣や扇子をベナンに送ってくれた家族や音源を届けるのを手伝ってくれた方に感謝。



カラオケで歌の披露。
同僚隊員の美空ひばりには聞き入ってしまった!あっぱれ!!



バックダンサーたち。
おそろいの衣装を作ったそう。キキちゃん。歌はルージュの伝言♪



その他にもヨサコイや空手、ラジオ体操など様々な催しが。
特にラジオ体操をベナン人も一緒に、というシーンでは会場がわっと盛り上がった。

とにかくやってる方もとても楽しめたイベント。
企画をがんばったパラクー隊員さん、お疲れ様でした!
来てくれた人も同じように楽しめてたらいいな。

03 Novembre 2011 第三回地域学校保健委員会開催

新学期が始まってゆるゆると活動をしていたけど、前学期に本当はやろうと思っていた地域学校保健委員会の第三回会議。これをやっと実現することができた。

前学期に委員の各校で行った児童の身体測定や学校の衛生環境査察の結果。
これを発表して、そこで見つかった問題を話し合わないと!
せっかくやった活動もやりっぱなしで効果が半減。
関係者に対しても、中途半端な活動という感じで申し訳ないし委員会の意義や信頼を失いかねない。
だからこの会議は必須。ずっとやらないとやらないと、と責任を感じてきた仕事だ。

新学期一発目の委員会としての活動。
今回この会議には、委員の校長15名全員が参加してくれた。
これはかなり奇跡的なこと。
もちろん視学官事務所からの「学校を抜けてもいい」ということを意味する公式の召集をかけて会議は行っているのだけど、毎回なんらかの理由で来れない人がいる。令状が届いていなかったとか、他の都市で用事があるとか。
だから今回の集まりのよさは(もちろん運もあるかもしれないけど)各々が会議で得る物があると思って尊重してくれた結果でもあるのかと思い、とても嬉しかった。

会議は配属先のトップの視学官が司会をできなかったにもかかわらず、代理の教育指導主事が良い働きをしてくれ、実のあるものとなった。
保健センターの主任もその威圧感がすごく、会議の重要さを高めるのに貢献してくれた。
彼の長い説教じみた話の時にどんどん聴いている側の校長たちが眠りに落ちていったときはどうしようかと思ったけど、司会の教育指導主事がうまく話を現場レベルで校長を引き付ける内容に戻してくれた。
教育分野と保健分野のトップ同士がよいバランスで会議を作り上げてくれてたように思う。

身体測定や校内衛生査察の結果や順位の発表では、自分に関係することなので校長たちは興味を持って見ていたし、改善のためにどうしたらいいのかという質問も校長側から出た。
そして、それを参加者全員で考え良い案を出し合うという流れに自然となっていった。
その、現場に見られる問題点の認知と原因の追究、解決策をともに考えるという話し合いは、今回最も自分が会議の目的としていたものだ。それが積極的に行われたという点で、今回は本当に実りのある会議となったと言える。

委員会の形(例えば、参加者に村の権力者を入れたらどうか?)とか学校保健活動への住民参加の難しさ、校長が他の校長を指導することの立場の難しさなどについては課題が残る。
けれども上に書いた理由から、自分としては今回の結果はとりあえず喜ばしい。

委員の校長たちとも前期の活動を通して信頼関係が生まれているのを感じるし、一緒にいて心地いい。
協力し合って行った活動を意味のある物だったと喜び合うこと、互いの献身に感謝しあうこと、冗談を言って笑いあったりすること。
あー、楽しいなぁ、ベナンに来てよかったなぁ、ここの人たちみんな好きだなぁって心から思えた日だった。

2011年11月3日木曜日

02 November 2011 クロスロード

「クロスロード」という全世界のJICAボランティアのための情報誌がある。
青年海外協力隊事務局が毎月発行しているもの(だと思う)。
その来月号(12月号)の「2011年の隊員の成果」というような特集の中で、私と同任地の看護師隊員が合同で行った活動が掲載されるそうだ。
児童の身体測定・その統計分析・省庁に向けた提案書の作成、という職種を超えた隊員間の連携による児童の栄養状態改善のための活動として紹介されるとのこと。
突然JICA事務所の調整員から、こういう趣旨で名前を掲載してもいいかどうかと編集部から連絡があったんですが、と電話をもらった。
だから来月号の記事を見てみるまで、私自身もどんな内容なのかはよくわからない。
でも、「成果」として自分の活動を取り上げてもらえたことは光栄だし、とても励まされる。

明日は前学期から開催の時期を待ちながらも持ち越しになってきた地域学校保健委員会会議をようやく実現できそうだ。
この会議を実現できていなかったことは、今まで委員会をとおして行った活動のフィードバックがされないままになっていたということ。
だから、かなりヤキモキしていたのですごく嬉しい。

開催にあたって、また委員会を本格的に始動させていく実感がわいてきた。
委員の校長たちの期待、そして何より保健センターの主任の期待。
準備段階で地元の人たちと交わり始めると、そういう自分の背負っている責任を感じることができる。
その、地域の人々の中に自分という存在が少なからずある、自分にやるべきことがあるという感覚。
それが私に力をくれる。
一緒に実行してきた仕事にやりがいや意味を見出してくれて、自ら積極的に会議の準備にとりくんでくれている主任の姿。
校長や主任と一緒に同じことで喜びあうことができた瞬間。
協力隊員としての幸せを感じることができる。

ベナンにいる時間の意味や位置づけに関しての考えは、未だにまとまらない。
協力隊の後、自分に何ができて、何がしたいのか。
進路の迷いもそのまま。
でも、今はここでの生活や活動でやれることを精一杯やってみよう。
どうしてここへ来たのか、不思議とだんだん思い出してきたから。

25 October 2011 新学期、迷い

10月の半ばに長い夏休みが明け、新学期が始まった。

夏休み中は、校長たちはバカンスだ、研修だ、とよその都市へでかけてしまう。
活動は停滞ぎみ。
まあいい機会だと、自分も任国外に行ったりしていた。
そしたら、その後ウィルス感染したりして、気が付けばなんだかだいぶ地元から離れてしまった。
この間、ベナンの初等教育省と保健省に提出する身体測定結果分析報告書のフランス語版を完成させることができたのは良かったけども。

さて・・何から始めよう?
なんだかエンジンがかからない。
心が浮ついている感じ。
夏休み前、一生懸命になっていたことがなんだか遠い。

とりあえず、学校に行ってみる。
校長と話してみる。感覚、戻るかな・・?


仲良しの校長。
学校にあるパパイアの木。スイカくらいある実の大きさにびっくりしていたら、校長はご満悦。


小学校に隣接している幼稚園をのぞいてみた。
小さい子供たちは一段と愛らしくてかわいらしい。フランス語はまったく通じない・・。
ベナンには幼稚園の数がまだまだ少ない。

学校を訪れて校長と話すのは楽しい。
今まで築いてきた関係があるから、何かを一緒にまた始めることは比較的容易だ。
「ラク。」
今の状況を一言で表せばそんな言葉になるのかも。
裏を返せば、一年目のような新鮮さとかワクワク感がない。
好奇心や積極性が今の自分には足りない気がする。

あと任期は5ヶ月。
最後の一ヶ月はコトヌーに上京して帰国準備に入ることになるから、実際活動できるのは2月までかも。
なのに、何かを見失っているような気がする。
ベナンの生活に対する慣れ?それとも疲れ?
帰国後の進路が定まらない不安?それとも焦り?
私は何を目指しているのだろう。
あと5ヶ月、どう過ごしたいのだろう。
そもそも、なぜ協力隊に参加したのか、何がしたくてベナンに来たのか、1年半以上ここで過ごしている中で色んな考えが浮かんでは形を変えた。
だから最近、気付かないうちにそんな初心を思い出すのが難しくなっている。

もう一度大切にしたい。
ここに来た頃の気持ちを。

2011年10月21日金曜日

31 August - 8 September モロッコ旅行(後半)



さて、任国外旅行で来たモロッコ。
といっても、もう1ヶ月以上前のことになってしまったけど!
(上の写真は最後から2番目に行ったエッサウィラという町。)

南部を旅した後は、空港のあるカサブランカ目指して徐々に北上。
ラマダン明けの日にちがはっきりせず、もうちょっと南に留まっていたい気持ちを抑えてとりあえず移動!
モロッコ隊員の友達によると、ラマダンが明けた日から数日間は交通機関が麻痺するかもしれないということで。
できるだけ、早く移動を開始したほうがいいよと。
今回の旅行では、場面場面で私たちはラマダンの影響をもろにくらった。
お昼にご飯を食べようとしても、ほとんどのレストランが開いていないし。
長距離タクシーは、普段より高額を提示してくるし。
ラマダン期間中は、ほんとに色んなことが普段と違うんだなーと痛感した。

そういうわけで、朝8時のバスにのって次の町へと移動するため、砂漠から朝4時半にラクダに乗って宿まで帰った。まだ暗かったよー。眠いしラクダの歩く足元が見えないから落ちそうで怖かった~。

移動先は、ワルザザードっていう文化遺産のある砂漠と山の中の町。
小さな町で、人がみんなとても親切だった。
ここでようやくラマダンが明けた。
でも、各家庭でパーティをするということでやっぱりお店はほとんど開いてないし、人もまばら。
そして悲惨だったのはこの町で私がぶっ倒れたこと!
高熱がでた。後からわかったけど、ウィルス感染だった。
移動疲れで体力が落ちたせいかな?

そんなわけで、解熱剤を飲みながらマラケシュへ移動。
マラケシュではほとんど何も見れず。
でもフナ広場には行って、爆破事件のあったお店も見た。
大きな白いシートが多いかぶせてあって、にぎやかな広場の一角ですごく不自然に浮いていたのが印象的だった。
多くの人が楽しそうに行き交う活気に溢れるこの場所で、そんな事件があったなんて想像するのは難しい。
ちなみにマラケシュは、かわいいお土産がいーっぱい!!

そのあと、エッサウィラという波乗りのメッカの町へ行き、素敵な町並みとカフェを楽しんだ。(下の写真)



そして、アルジャディーダという海岸沿いの小さな町へ。ここがこの旅行最後に訪れた町となった。
体調が回復しなくて、騙し騙しなんとか移動してはちょっと町に出てみるっていう感じだった後半。
だから、あまりたくさんの物を見れたわけじゃない。
でも、アルジャディーダの夜の海岸は、私には横浜の山下公園に見えたし楽しかった!
素敵なラストナイト。

モロッコ旅行。充実の19日間。
そろそろベナンに帰ってもいいかな~って、後半は意外にベナン人の大雑把なところとか明るさとかが懐かしくなったり、手づかみで食べるベナン食が恋しくなったりもしていた。
なんだか不思議・・。

2011年8月31日水曜日

28-30 August 2011 モロッコ旅行(中半)

北の都市もだいぶ見たので、ここからは南下。
エッサウィラとエルフードの間にあるアウフースというところにモロッコ隊員の友達がいるので、その砂漠に近い町を目指しました。


タクシーを3回乗り継いで7時間くらい。
景色が全然ちがってきたよー!


お友達のいる町。
なるほど、北の都市部とは全然違う!
砂漠の中の町という感じ。
北の地方ではフランス語が通じるけどこの町の女性や子供たちはアラビア語やベルベル語しか話さないようで、友達の通訳がないと全然言葉がわからない。
でも、町じゅうが知り合いっていう感じでなんだか温かい印象。
私たちにもにこやかに挨拶の握手やキスをしてくれる。
友達はアラビア語で町の人たちと話して、溶け込んでいる感じがとても素敵だった。

ラマダン中は、夜7時になると断食の時間があけてみんなご飯を食べるらしい。
友達が知り合いのモロッコの家族のおうちに招待してもらえるようにはからってくれて、そこで家庭の料理を一緒にいただいた。
私たちが来るからといって、初めて作ってくれた料理もあるほどのすごいご馳走。おいし~!
モロッコは地方でも食べ物の種類は豊富にあるらしい。うらやましいな~。


モロッコの暮らしや人々のことも聞けて、モロッコの家族とも交流できてとても楽しかった。
なにより、1年半前に訓練所に入る前に色々んなことを話し合った仲の同期のモロッコ隊員の友達のところにはずっと遊びにいきたいなーと思っていたので、彼女に会えたのが本当にうれしかった。
任地での過ごし方で学ぶところや尊敬しちゃうところがいっぱいあった。
予定の関係で短い滞在だったけど、精一杯のもてなしをしてくれて本当に感謝。ありがとうね!
残り半年、お互いがんばろう。そしてまた東京で元気に会おうね!

彼女のおうちに一日泊めてもらったあと、メルズーガという町の宿へ。
これからラクダに乗って、砂漠へ繰り出します!


ラクダさん。かわいらしい顔をしていて、まつげが長いよー。


こうして、ラクダに揺られてキャンプ場を目指すこと2時間弱。


一面砂漠で雄大な景色~。
夕日が沈むのがとても綺麗。


キャンプ場(といっても砂漠のど真ん中にテントがあるだけ・・)で、星空の下でモロッコ料理のタジンを食べ、ベルベル人の話を聞き、とても自由な夜を過ごした。
満天の星が綺麗で流れ星にひとつお願いをした。
そして、砂漠の風を感じながら星空の下眠った。

21-27 August 2011 モロッコ旅行(前半)

任国外旅行でモロッコにやってきました。
6月から計画していた19日間の旅行で、ベナンの国外に出るのは半年ぶり!
何がともあれ、私はベナンではなかなか見つけられない素敵なカフェで美味しいコーヒーが飲めればそれだけで満足かも~!!!

そんな感じで来てみたモロッコ。
飛行機でベナンから4時間。
最初は北の大都市を周りました!


なにもかもベナンと違う~~!
都市部はとにかく発展してて、道は全部舗装されてて穴はないし、車もみんなきれいでガラスは割れてないし、小売店にはものがあふれていて、食品も豊富にそろっているし!
同じアフリカ大陸だからといって、そもそも比べること自体がナンセンス。
文化も全然違って、イスラム文化といった感じ。
今はラマダン中なので、昼間はみんな断食中。ほとんどのレストランやカフェが閉まっている・・。
とにかくモロッコでアフリカを感じることは、私としてはほとんどない。

最初は首都のラバトで買い物をして、モロッコ服なんかも買ってみてウキウキ。
次に行ったのはメクネスという古い都市。
街自体がUNESCOの世界文化遺産に登録されている。


旧市街を偶然出会った地元の人の案内で歩いてみた。
現地の人の生活が垣間見れて、すごく面白い。



そのあとフェズという大都市でハマムとマッサージ。
サウナに入ったり垢すりをしてもらったりしてツルツルになって、マッサージでリラックス。
モロッコ料理のタジンやクスクスをほぼ毎日食べた。




その後、シャウエンという町に行った。
ここはモロッコの中でもだいぶ北の町で、建物の壁が白と青で統一されてすごく綺麗でかわいらしい。


旧市街の階段をのぼってお土産をみつつ、町の景色を堪能!
小さな町だけど、観光地すぎなくて今まで行ったモロッコの北の都市の中で一番お気に入り。



ラマダンのおかげでお昼にご飯にありつくのがちょっと大変だけど、久々に都会的な雰囲気を味わって幸せ!!